家が全壊⑪【西日本豪雨災害の記録】

前回はこちらから↓

【西日本豪雨災害の記録⑩】

いちばん最初、その①はこちらから↓

【西日本豪雨災害の記録①】

周りの方々や、ボランティアさん達のお力で

家の中の物はほぼ外に出して処分できました。

そんな中・・・

予想外が次々と・・・

心労や、酷暑の中の作業など無理が続いたこともあったのでしょう。

 

お医者さんの何気ない言葉に

胸が痛くなる家族でした。

被災後は、そのまま

隣町の私の実家に住んでいた祖父母。

(参照:【西日本豪雨災害の記録⑥】

私の父は5年前に他界しており

母一人で一軒家に暮らしていたので

スペースは十分にありました。

 

そして私にも、予想外のことが起こるのです。

びっくり。

こんなことがあるんだなぁと驚きました。

祖父は息子の顔を見て

とっても嬉しそうでした。

息子もひいじぃじ(じぃじと呼んでますが)が大好きなので、楽しそうにじゃんけんなどをして遊んでもらいました。

 

取材は、自宅でしてもらうことに。

報道部の方と聞いていてどんな方かと緊張していましたが、記者さんは、とっても知的で穏やかな女性でした。

 

※掲載の予定などはまだ分かりません。

緊張して話がぐちゃぐちゃだったので、そもそも載らないかも・・・笑

全壊の家の現在の状況

今回、家を見に行くとある変化が・・・

 

なんと2階の窓がサッシごと

ごっそり無い・・・!

(反対側の窓も。この前まであったんですよ)

2階の窓は新しかったし

水に濡れていないので損傷も無い。

売る為なのか

どこかで使うのか知らないけれど・・・

誰かが持って行ってしまったのでしょう・・・

 

 

誰も住んでないし、住めないけど。

でも、それにしても

そんな勝手なことしていいのかな。

もやもや。

(ちなみに1階の勝手口の扉や窓も無くなっていた)

 

しかし、祖母はというと・・・

とのことです。

 

今年中には解体されるかもしれないこの家。

ここで育った母、叔母、叔父の3姉弟で撮った写真を見せてもらいました。

なかなかこんなにすっきりした家で

写真を撮ることないよね、と

笑って泣けました。

 

続きます。

 

 

 

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